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蒐集に就て

 

「時として蒐集家は、商人の推薦するものを賴つて蒐めることがある。

だがそれをやつてゐる間はろくな蒐集は出來ないと云ふことを明確に知つておく必要がある。

中で本屋等は比較的よい方である。

それは本を集める程の人は相當學問があつて商人より詳しく知つてゐる場合が多いのと、

書物には贋物が少ないからである。

だが同じ商人でも骨董屋になると信用の出來るのは寥々たるものである。

知らない人の前には學校の先生以上に講釋をまくし立て、功德を説くのを通則とする。

それが有力な商法だからである。

云ふことまんざら嘘ばかりではないが、賴りにならないこと夥しい。

買はせる爲には惡いものでも雄辯に讃美する。

骨董商は屢々不當な儲けをしておかないと商賣が成り立つてゆかない。

それでその忠言には不純な動機が大いに多い。

それより講釋される方が惡いのだと云つてもいゝ。

蒐集家は骨董商の言葉を賴る様な不見識ではいけない、眼がきく骨董商は一割もないものである。

眼がきけば商賣がしにくいかも知れぬ。

まして人格のある商人は一分あるかなしかである。

人格なんかよくては商賣にならぬかも知れぬ。

品物は當然蒐集家の方で指導していゝのである。

いゝ蒐集家は骨董商を引きずつてゆくだらう。

商人はそれが賣れさへすれば、一生懸命にあとからつきまとつてくるものである。

それが反對に商人に引きづられる様ではろくな蒐集は出來ない。

商人の忠言は忠言である場合が極めて少ないからである。

ものは商人に集めさせればそれでよいので、商人に自分が集めさゝれては駄目である。

いゝ蒐集はいつも骨董商の眼先より一時期先である。

自分の蒐集でなく商人の蒐集となる様な惨な結果に陥らない様に私は切に勸める」

 

 

『工藝』第25号で柳宗悦が蒐集について綴ったものです。

耳の痛い言葉ではありますが、戒めの言葉として言葉に刻みます。

早ければ明日、手元を離れてしまう『工藝』を、もう一度読み返しているところです。

 

 

 

2019年06月16日

収穫

 

梅雨空の合い間に、ブルーベリーの収穫です。

今年は豊作。

色といい、大きさといい、美味しそうな実がたくさん実っています。

大ぶりの山茶碗を手に、ひとつ、またひとつと摘んでいきましたが

あっという間に山盛りになりました。

うっすらグリーンの灰釉がかかった山茶碗に映えるブルーベリーのみずみずしい青藍色。

思った以上に相性がよいものでした。

 

 

収穫したブルーベリーを使って、自家製のジャムを作りました。

 

 

2019年06月14日

『工藝』展、スタートしました

 

 古美術松山では、ヤフオク!にて、小さな企画展を開催しています。

 先日、『工藝』展が始まりました。

 どんな工芸品が並ぶの?とお思いになる方もいらっしゃるかもしれません。

 工藝といっても、雑誌の『工藝』で、柳宗悦らが中心となった民藝運動の機関誌となったものです。

 月刊で、昭和6年の創刊以来、(戦時を経て)昭和23年まで120冊が発行されました。

 今回の企画展では、そのおよそ一割にあたる13冊を紹介させていただいております。

 

 

 もう何年も前のことです。

 東京で、民藝関係の方から、これらの冊子をお譲りいただきました。

 民藝についてもっと知りたいと思ったのと、珍しい品々の写真が入っていたからです。

 もっとたくさんあったように思いますが、ぱらぱらと本をめくり、

 自分の関心のあるテーマを扱った号を選ばせていただきました。  

 装幀は毎号異なり、手織りの布や和紙、型紙染や漆絵など。

 また棟方志功や芹澤銈介というスーパースターたちが手掛ける小間絵。

 手仕事が感じられる魅力的な一冊一冊です。

 文章はやや難しく感じるものもありますが、

 写真や小間絵を見ているだけでも、民藝の世界に引き込まれていきます。

 調べてあとでわかったことですが、

 この『工藝』は、本そのものが工芸品と称されているのだそうです。

 

 ときどき書棚から出して眺めては楽しんできましたが

 良いものをもっと他の方にも触れていただき、その良さを感じていただきたいと思うようになり

 今回の出品に至りました。

 出品に際し、写真撮影もあって、私にとって読み返すよい機会となりました。

 改めて目を通すと、また数冊比較して読むことで新しい発見もあります。

 大切にして下さる方とのご縁があることを願っているところです。

 

2019年06月12日

紅のカーテン

 

庭のベニバナトキワマンサクが満開です。

毎年この時期になると、ピンクの花がひとつ、またひとつと増え

今年も今、ちょうどピークを迎えています。

枝いっぱいに鮮やかなピンクの小さな花が開き、小さな葉も赤紫色になります。

 

 

庭に植えたのは5年ほど前のことだったでしょうか。

背丈も大きくなり、細かった幹もずいぶんしっかりしてきました。

枝も伸びて花や葉の数も数えきれないくらいに。

紅のカーテンは年々、密になってきています。

2019年04月30日

江戸のキュビズム

 

 

 古い木箱の中に染付の渦模様が見えて、「あれ?」 

 ぐるぐる目が回りそうな渦の文様は、けっこう好きなものです。

 外側はどんな柄かな・・・(洒落た柄だといいな・・・)と思いながらひとつ手に取ってみると・・・⁉

 

 

 江戸後期の伊万里であることは間違いないのですが、なんとも斬新なデザイン。

 器面の分割の仕方もあまり見かけたことのない、前衛的な構図です。

 これは渦で・・・これは青海波で・・・

 描かれた文様をひとつひとつ読み解いていきます。どうやら海とか波に関係しているようです。

 じゃあ、これは何だろう?濃く塗りつぶされた枝のようなものが、どうも見当がつきません。

 縦に見たり。横に見たり。何度もひっくり返してみますが、謎は解けません。

 いったん考えるのをあきらめ、頭を冷やすことにしました。

 

 そして数時間後。

 

 

 

 !!!謎は、意外とあっさり解けました。答えは「波」でした。

 伊万里のうつわによく登場する波の文様を、上下に向かい合わせて並べていただけのことでした。

 濃いダミの部分は、その波同士の合い間を塗りつぶしただけにすぎません。

 

 1つのうつわをまるごと使って、波(海)を立体的に表現しているんですね。

 口縁内側も渦模様が描かれていますし、口縁自体が波打った形状をしています。

 器面内側の白磁の部分に飛び散る呉須も、波しぶきに見立てて意図的に散らされたとさえ思うほどです。

 その発想力には感服するばかりです。

 まるでキュビズム。ピカソやブラックによって20世紀初頭に創始されたことになっていますが

 日本でも、その一世紀も前にこんな発想を抱いた人がいるのだと知り、不思議な感動を覚えました。

 

 

 約20年前、私の修行が2年目に入った4月のちょうど今頃、

 仕入れのため、主人と兄弟子とで四国に車で行った時のことです。

 初めての淡路島。初めての四国。車窓からの景色は、私にとってまるで外国(南国)に来たかのようでした。

 圧巻は、鳴門の渦潮。大興奮したのを今でも覚えています。

 

 !!!このうつわ、鳴門の渦潮かもしれないですね!

   

2019年04月18日
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