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紫陽花

めずらしい紫陽花の花をいただきました。

 

見たことのない紫陽花です。本当にいろいろなものがあるのですね。

お話では、このような珍しい花ばかり、お好きで育てていた方がいらっしゃったそうです。

その方が亡くなって、遺志を継ぎ、花々を株ごと譲り受けて育てていらっしゃるのだとか。

 

伺ったお話を思い返していると、自分の仕事とも重なることに気が付きました。

大切にされてきた品物を、次の方へと引き継がせていただく橋渡しの役目。

出会いや喜び、感動を人から人へ。

 

自分にとっても心の励みとなるような、紫陽花との出会いでした。

 

2019年07月14日

チャイコフスキー国際コンクール

ちょうど1か月前の6月8日、藤田真央さんのピアノリサイタルへ。

透明感のある美しい音色がとても印象的でした。

 

 

藤田さんはその後10日もしないうちに、

第16回チャイコフスキー国際コンクールに出場のため、ロシアへ。

日本からの出場者ということもありましたが、

ついこの前演奏を聴いた方ということもあって、応援にもつい熱が入ってしまいました。

約6時間時差のあるモスクワ時間に合わせて夜中起きているのはなかなか大変でしたが

インターネットでライブ配信されており、パソコンで見ることができたのは幸運でした。

リプレイでも演奏はほぼ全て見られるのですが演奏の前後の場面は編集でカットされ、

直前の表情や、直後の観客の反応などはリプレイではわからないのです。

 

藤田さんのファーストラウンド。

演奏が始まって間もなく、会場の空気感が変わったのがモニター越しにもわかりました。

藤田さんの演奏が、モスクワの聴衆を虜にした瞬間でした。

開会後初めてのスタンディングオベーションだったそうです。

音楽が国境を越えて人々を魅了する様子が窺えて、すばらしいと思いました。

 

藤田真央さん、堂々のピアノ部門2位。おめでとうございました!

 

(江戸時代の古伊万里の皿に描かれたピアノの図⁉)

 

 

ところで、バスケットボールの八村塁選手が華々しいデビュー戦を飾りました。

(馬場雄大選手とともに、私の母校の後輩にあたるのだそうです!)

若い方たちがどんどん世界へ飛び出し、大きな舞台で活躍するのは喜ばしいことですね。

今後のめざましい活躍を期待しましょう。

2019年07月08日

造形と文様 縄文土器

小さな企画展【造形と文様 縄文土器】をヤフオク!にて開催中です。

ある個人の蒐集家が長い年月をかけてお蒐めになった縄文土器を

ご縁あって、お譲りいただくことができました。

日々の暮らしの中で道具として作られた縄文土器には、縄文人の美意識が宿っています。

土器の造形や文様、色彩から、その気配を感じていただく機会になれば幸いです。

 

 【造形と文様 縄文土器】はこちらからどうぞ。

 

以下、出品中の5点を簡単にご紹介させていただきます。

 

 

縄文中期の深鉢の残欠。

表面に塗られた丹(に)があざやかに残り、およそ5000年前の人々の色彩感覚が窺えます。

縄目の文様や刻まれた線の文様。立体のキャンパスに描かれた抽象絵画のようです。

 

 

手のひらにのる愛らしいサイズの小壺。

縄文晩期に東北地方で展開したもので、岩手県の貝塚の名前をとって大洞(おおぼら)式と呼ばれます。

私が学生の頃は亀ヶ岡式と習った記憶があります。

 

 

こちらも縄文晩期の大洞式ですが、高さが30cmを越える、大きめの壺になります。

表面全体に縄目文をほどこし、頸部は研磨され光沢を帯びています。

 

 

こちらも縄文晩期の大洞式。手のひらにのるサイズの小皿で、上の画像はその底面になります。

擦消(すりけし)と呼ばれる技法で文様をあらわし、縄目をつけています。

口縁には、突起状の装飾が連続してほどこされています。

うっすらですが朱彩が残り、ほんのり赤みを帯びています。

 

 

把手がある小壺。目のような穴が穿たれ、やや動きのある、生命を感じさせる造形です。

頸部には縄目文様がほどこされています。

胴のワンポイント、線刻の渦文も楽しいものです。

 

2019年06月27日

蒐集に就て

 

「時として蒐集家は、商人の推薦するものを賴つて蒐めることがある。

だがそれをやつてゐる間はろくな蒐集は出來ないと云ふことを明確に知つておく必要がある。

中で本屋等は比較的よい方である。

それは本を集める程の人は相當學問があつて商人より詳しく知つてゐる場合が多いのと、

書物には贋物が少ないからである。

だが同じ商人でも骨董屋になると信用の出來るのは寥々たるものである。

知らない人の前には學校の先生以上に講釋をまくし立て、功德を説くのを通則とする。

それが有力な商法だからである。

云ふことまんざら嘘ばかりではないが、賴りにならないこと夥しい。

買はせる爲には惡いものでも雄辯に讃美する。

骨董商は屢々不當な儲けをしておかないと商賣が成り立つてゆかない。

それでその忠言には不純な動機が大いに多い。

それより講釋される方が惡いのだと云つてもいゝ。

蒐集家は骨董商の言葉を賴る様な不見識ではいけない、眼がきく骨董商は一割もないものである。

眼がきけば商賣がしにくいかも知れぬ。

まして人格のある商人は一分あるかなしかである。

人格なんかよくては商賣にならぬかも知れぬ。

品物は當然蒐集家の方で指導していゝのである。

いゝ蒐集家は骨董商を引きずつてゆくだらう。

商人はそれが賣れさへすれば、一生懸命にあとからつきまとつてくるものである。

それが反對に商人に引きづられる様ではろくな蒐集は出來ない。

商人の忠言は忠言である場合が極めて少ないからである。

ものは商人に集めさせればそれでよいので、商人に自分が集めさゝれては駄目である。

いゝ蒐集はいつも骨董商の眼先より一時期先である。

自分の蒐集でなく商人の蒐集となる様な惨な結果に陥らない様に私は切に勸める」

 

 

『工藝』第25号で柳宗悦が蒐集について綴ったものです。

耳の痛い言葉ではありますが、戒めの言葉として言葉に刻みます。

早ければ明日、手元を離れてしまう『工藝』を、もう一度読み返しているところです。

 

 

 

2019年06月16日

収穫

 

梅雨空の合い間に、ブルーベリーの収穫です。

今年は豊作。

色といい、大きさといい、美味しそうな実がたくさん実っています。

大ぶりの山茶碗を手に、ひとつ、またひとつと摘んでいきましたが

あっという間に山盛りになりました。

うっすらグリーンの灰釉がかかった山茶碗に映えるブルーベリーのみずみずしい青藍色。

思った以上に相性がよいものでした。

 

 

収穫したブルーベリーを使って、自家製のジャムを作りました。

 

 

2019年06月14日
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